峠三吉『メモ〜覚え書〜感想』


内容:峠三吉(1917〜1953)が覚え書として記述した随意日記で、1945年8月6日より9月15日までの数日の記録。『原爆詩集』の中の『倉庫の記録』の原点が伺える。

所有者:日本共産党中央委員会党史資料室 室長 岡宏輔

管理者:広島市

寸法など

大きさ 縦15.3㎝×横11.6㎝

市販の日記帳・40ページ

鉛筆による記載


 峠三吉(1917〜1953年)は、広島市翠町にあった長姉・嘉子の嫁ぎ先の三戸家で被爆。ガラスの破片で負傷した。被爆直後から、知人の安否を尋ねて原爆投下直後の広島市内を歩き回ったため、原爆症となった。

峠の死後、長兄・一夫氏が長く保管していたが、詩人・増岡敏和氏の強い要請を受け、2002年に日本共産党中央委員会に寄贈された。

 ユネスコの「世界の記憶」への登録の促進とともに、核兵器のない世界を実現するために活用するため、2016年4月に「広島文学資料保全の会」及び遺族が党本部を訪れ、寄託を打診したところ、8月3日に『被爆時の日記』とともに広島市に寄託され、現在は広島平和記念資料館に収蔵されている。 

 

  峠三吉の「随意日記」という小型の日記帳に書かれており、文章の表題には「昭和二十年八月(祖国危機に瀕してより)」とあり、何故か「峠みつぼし」と署名されている。また、文章の冒頭には「毎日日記を付くる事もあたはずなりぬ故に、最後をこのノート一冊に拠る」と書かれている(3ページ目)。

 『原爆詩集』の『倉庫の記録』に登場する「Kさん」についても詳しく書かれており(6ページ目以降)、被災者の症状や精神状態を冷静に、客観的に見ることによって、社会的かつ現実的な視点で人類史上初の非人道的な体験がつづられており、もう1つの『被爆時の日記』と合わせて、原爆詩集の『倉庫の記録』の元となっていることがよくわかる。

 

 『被爆時の日記』とともに、少年時代から病弱で入退院を繰り返していたこともあり、俳句や短歌だけでなく詩や小説をつくったり、音楽や絵画などにも関心を示すなど、文化的であった青年が、28歳で被爆したことで、6年後に日本の原爆文学を代表する『原爆詩集』を書くまでに変貌する様子を読み解くカギとなる資料といえる。

 

文:河口悠介(「広島文学資料保全の会」事務局次長、2021年10月)


(以下写真提供:広島平和記念資料館学芸課)


『メモ~覚え書~感想』の詳細(3~30ページ)

 以下の画像は、トヨタ財団2003年度市民活動助成プロジェクト「ヒロシマ文学館(仮称)の開設を目指した、原爆文学資料の電子化と英訳事業の実施」の一環として、『峠三吉被爆日記(写真版)』(池田正彦・松尾雅嗣(編) / 広島大学ひろしま平和コンソーシアム・広島文学資料保全の会 / 2004年12月出版)に収録したものです。また、書き起こし文は、それを元に池田正彦氏が書き起こし、河口悠介氏が補筆したものです。可能な限り峠の直筆に忠実に書き起こしています。

昭和二十年八月(祖国危機に瀕してより)

峠 みつぼし

毎日日記を付くる事もあたはずなりぬ

故に最後を此のノート一冊に據る。

 

 八・六、午前八時十分敵三、又は四機

わが広島に新型爆彈を投下、

広範囲に及ブ爆風と共に、光線に近

き熱波を伴ふ。(原子爆彈)

 郊外に近き町を余したる全市家

屋倒壊、屋内に居たるものは下敷と

なり発したる火によって焼死、戸外に

ありたる者は殆んど火傷を受け

夛くの者死す。

 (わが家大破、幸いに四人微傷を

負へるのみ。此の日疎開家屋の

勤労奉仕に都心部に出動せる


隣組夛く家族の欠けざる家庭は尠き(※1)

態状(※2)を呈す。就中(※3)女学校下級生の

同奉仕に依りて仆れたるもの夛し。

敵機の悪虐此処に極まれり。

×

 被服本廠負傷者収容所、

附近の田畑、熱火にて葉をちり/\に巻

く。

 建物外観、コンクリート巨大な倉庫二階

建、小さき窓、鉄格子鉄扉皆歪む。

 門前不安な人つめかく、二、三日して収容

者、死亡者氏名(不明のもの―附中二年

生等アリ―)貼り出さる。

×

 広き構内、白日下に散乱する倒壊

木造一棟、人、擔架右往左往、


(※1)尠き:「少なき」に同じ。

(※2)態状:「状態」の間違いか?

(※3)就中:なかんずく。特に。とりわけ。

被服廠神社の前にて敬礼する者、

担送者の顔の上に置く蓮の葉。

×

 コンクリートの倉庫、陰惨な感じ、

歪める大鉄扉のある一つを潜る。

(後日新しき赤十字旗を揚ぐ)

 階下暗し、鉄甲、被服梱少々見ゆ、

かび臭き空気、階上よりの異様

な悪臭。

 コンクリートの段、響く靴、最重傷者

の収容所、振り返る案内の者の横

をぬけて昇り切る。

 最も近き足もとに顔をこちらに向けて

横臥せる女、額、頬、火傷塗薬、

その姿勢のまヽ眼球のみを細く動して

凝乎っと(※4)見上で。余ぢっと見下し二、三歩


(※4)凝乎っと:じっと。

近付く或は?と思ふ。女の唇かすか

に動く。余が名の発音通りに。

 Kさんですか、如何です、しっかりして下さい、

余床に膝をつく。女の毛布の上に半ば

乗る。頭僅かに動かす。表情

重く鈍。やがて負傷のてんまつを語りつヽ眼尻に

泪ゆるくにぢむ。

×

『階下に降りやうと立った瞬間にはかに

『階下に降りやうと立った瞬間にはかに

外界一面を変貌させて音もない閃光

がたち罩め白煙が走るのを認めた。

白昼の焼夷攻擊!かうとっさに感じ階

下に走り降りやうとした時、今度は猛然

と家がゆらぎ北側の窓や建具が吹き

飛んでくると共に天井が裂けて落ちかヽり

一瞬遅れて南側の窓硝子が微塵と

なって襲いかヽって来た。


(かうした急迫の中にあっても、私の心は

服装を整へずに走る無様さを思ひ

先づ上衣を身につけむとし、又ボタンをかけ

ながら危険はこれ位で去るだらうといふ

運命への安易な依り頼みを―まだ

落下物が落ちかヽっているのに―一杯に

感じてゐた)』

×

 Kさんの話

 当日、何時に無く気が進まなかったが

隣組の勤労奉仕故と思ひ子供を

近所に預けて強ひて出る。

 市役所の裏手あたりにて疎開の後

片付の仕事を命じられ、私は丁度跼ん

で煉瓦を積んでゐた時あの爆発的な

閃光を感じたのでとっさにそのまヽ伏せた。


続いて背中を灼けるやうな熱風が搏った。

暫くは暗黒で何も分らなかった。

やがてあちこちで女達の叫喚が起った。

それに意識を取り戻して顔を上ると尚ほ

立ち罩める塵煙の中を

「どうしたんかいの!」等と泣き叫びな

がら狂ったやうに走る人々の姿がちらと

見えたので、これは逃げられると思ひ

飛び起きて水槽のある所へつヽ走り

衣服の火を消した。そうしてから瓦を

越へ電線を飛び夢中で、もと「黎明」

茶房のあった角から富士見橋の通りに

出て比治山橋の方へ逃れた。旣に火の

手が方々から上ってゐた。

衣服はちぎれ裸足は灼けた。背中は爛れ

腕は萎へ眼は眩んだ。


 道なき道につまづき倒れては起き上る

力の無きまヽ

「彦ちゃん/\」(泰彦の愛稱(※5))と

子供の名を呼んで泣いた。

家の方角をめざして、子供の方向をめざして

被服廠の近く迄逃れて来た時遂に

力盡き、今朝別れたのが最後であ

ったのだと観念してそのまヽ被服廠に

収容された。

 応急手当をしてもらったのは暗くなる

頃であった。

×

 階上の広い倉庫の一室。鉄格子と金網

の嵌った高窓よりの暗い光、冷いコンクリー

トの床にぢかに毛布を敷いてそれ/\四、五十

人の負傷者が向き/\に横たはってゐる。


(※5)愛稱:「愛称」に同じ(「稱」は「称」の旧字体)。

殆んどが火傷、皆裂けたズロース一枚位の半裸

体にて、顔から全身へかけての火傷、塗薬、

繃帯などの為に視るに耐へぬ汚穢な変

貌を呈す。女学生なりし者夛き模様なる

も花の少女の面影無し。枕頭に金だらひ

に入れた粥など置かれあり。壁ぎはや

太き柱の陰に馬穴あり汚物満つ。所々

には床にも糞便流る。

「水々、水を頂戴!水を頂戴!

「○○の姉ちゃん!お姉ちゃん!

「五十㦮、これが五十㦮よ!

「水、水くれるの?あヽうれしい嬉しいわ!

「助けて!お父ちゃん助けて!

「水、水を下さい。頼むから下さい。今のは

口に入らなかったんだもの!

「足のとこの死んだののけて!臭いからのけて!


×

 八・一二、壕、壁、コンクリー(※6)、天井、鉄渡し

その上厚板、カビわく(※7)。高さ上半身と少々、

巾、両肘先少々。

両入口に外より蚊帳を垂す。中、線香、

ローソク、(折々ジーといふ)

 ローソクの近く、柱の根、コンクリーの上に

小さき雨蛙一匹。陶製に似る。黒く

輝く眼、喉ふくらみ、ピク/\、鼻の

尖き光る。濡れて、隅、蜘蛛の巣、

スコップ、鉄棒、壁にたてかけて。

 チュ・・・コロ・・・チッチッ、蛙何時

のまにか隅にゆき二匹こちらを向き鳴く。

×

爆風にて大破せる部屋の片隅に

眼をつむって横はる眠り人形。


(※6)コンクリ―:「コンクリート」の間違いか?

(※7)カビわく:画像では切れているが、枠外に「カビわく」と追記あり。

道路に散乱する硝子の破片。朝、

その上に点々と続く蓮の花片。

×

 降服せる翌朝、行方不知の家族を

捜しあぐねて、死傷収容者人名の貼出

の前に佇む人達―その背後で、

半壊の家の窓から生気の無い手風

(※8)の音聞ゆ。

×

 Yさん、―眼下より満月の瀬戸内

海が茫洋と展け彼方鷺島(※9)をはじめ

夛くの島山が影を浮ばせ、嘗て何時の

日か確かそれは日本が剛く盛んだった少年の

日に友と眺めたやうなあらはに美しい

灯台の灯が瞬くのを凝視めてゐると、

こヽ半月の間に心の内に積りつもった


(※8)手風琴:アコーディオン。

(※9)鷺島:佐木島。広島県三原市に属する芸予諸島の島の1つ。

異状な経験が、その重みに耐へかねて死ん

た様に重ってゐた感情のむくろ達が

幽鬼の様に蘇って一つ/\私の胸から

飛び出し海の上をさまよひます。

 月光の波の中に黒々と現れる水脈を

さへサイパン、マップ岬の同胞の漂ひ寄る

かばねかと欲する心さへ忽ちに虚しく、

虚脱した頬に冷い泪がつたはります。

 全く灯火管制の永久解除や天気予報の

何年振りかの再開などヽ次々と行はれる些細

な当然な事象にさへ云ひ知れぬ泪を覚え

るのは私のみではありますまい。

 これを思ひ疲れを思ふにつけ歯を食ひ

しばる私の心は、せめてこれからの幼い世代の

魂の中にひそかに護るべきものを護り育く

まむ意慾に燃えさかります。


×

 海の上を雨気を含んだ初秋の風が吹い

てゐた。昼食後のラヂオが敵占領軍の

侵入予定をつたへ、又敵警戒機の不時

着の場合救護に努めねばならぬ旨を指

示し、最後に壊しい郷土のあちこちの

今夜から明日の天気予報をつたへた。

さうしてやがて思ひ掛けなく、彼の降服の

日以来打ち絶えてゐた放送音楽が、軽楽器

に依るモツァルト(※10)の澄明な曲が拡声器から

流れて来た。

 こらへ切れぬ涙が、今はもう安らひのやうに

深々と頬をつたふ。

×

 三千年来嘗て戦ひに破れたることなしと

いふ厂史を遂に此の世代に於て汚したといふ


(※10)モツァルト;「モーツァルト」の間違いか?

事は何と取返しのつかぬ無念な事であっ

たか、思へば国民は闇買ひに専念し企業

家は利己的な利潤を第一に考へる事を最後

迄やめず僅かに眞剣であったのは将兵と

若き学徒と素質の良い挺身隊達位の

ものであったといふ実状では勝てぬのが当然

であった。

 余にしても罪は免れず、上京する時は

命ちの危険を犯しても戦列に参加せむ

との潔い意慾に燃えてゐたのに、何時の

間にか道徳よりも経済が、光栄の観念よ

りも利得が、思索や信仰よりも要領よ

き勤勉が、人生の本然に於てまでものを云ふと

思ひこんでゐる人

達の雰囲気に引込まれて此の祖国

苦難の時日を眞に眞剣にならずして

流過せしめたのは誠に誠に愧夛き事であった。


 余のめざした来た工場が戦争に対する

眞摯な意慾を欠いでゐることを知った

ならば何故直ちに他の行動を把らなか

ったか。たとひ体力的に不可能であっても

徴用工をでも自ら志願した方が事実

の上では何ら役立たなくても、自分の良心

に永久のやましさを印さずに済んだといふ奌で

どれほどよかったことか。

 神洲(※11)不可侵の輝かしい伝統が泥土に委せられ

皇国の栄ある厂史に初めての、然して永遠に

消えざる汚辱が押せられむとしてゐた時、

余も又徴用のがれの卑俗な思想に毒され

うか/\と彼の低俗に賢明なやからの群に

堕してゐたといふことは悔みても餘りある

ことであった。噫!日本はかうした国民が

夛かったために惨敗し降服した。


(※11)神洲:神国。日本では、自国を誇って、古くからこう呼ばれていた。

×

(続、Kさんに付て、)最初見舞ひし朝

―負傷三日目、―未だ最初の混乱

状態ぬけず、死屍を取り除く人も無き雰

囲気の中に(見舞者も無論無し)白島

の葉ちゃんとのみいへる死体と背中合せに

独り凝乎と臥てゐる。苦痛を訴ふることも

なく、枕頭の水も自制して飲まず、他患者

の絶え間なき叫喚を蔑視しつヽ精神

状態きはめて堅確なり。(呼吸30、脈100)

 その日の夕方、態度変り、水飲まして

お茶のまして、生瓜もみ(※12)が食べたい、この御飯

もう欲しくない、等と、此の人にしてかヽる様あるかと

驚かるヽやうな状態を漸く示す。発熱

あり食慾皆無、呼吸30 脈120、火傷部位、

顔面少々、両上膊、背部全面、腰少々、両かヾと。


(※12)生瓜もみ:「胡瓜もみ」の間違いか?

 次の日の夕方、下痢次第に烈し。

 透き徹るやうな鋭く高き声にて小母ちゃん

と呼び便をとりもらひをり、細き眼、やヽつり上り

旣に微笑の影さへ走ることなし。

 時々静かな嘗ての寛濶な精神の片鱗

を示し、暗くなる故早く帰れ、などヽいふも

槪ね駄々っ子の如くあり。特に女性の友

人に対してはさなり。

 子供に会ひたくはなきやと問へば、会いたくなしといふ。

何故にといへばあと別るヽ時がつらいゆえとこたふ。

会はなくてもあれが他人のもとで少しく遠慮した面ざしで

遊びゐる様子が眼に見えるといふ。

 夜、そのもとを去らむとせる時その寂しさ

沈黙の表情に現れたり。人階の上より

蠟灯を捧げて送りくるヽ。

 次の日の朝から夕へ、夛くの衣類などを

持ちゆく。火傷部位総て化膿腐蝕

しはじめあり。下痢発熱去らず。

その便の取り受けに男のわが前をも旣に夛

くははヾからず、冗談を口にするとはいへども


表情は熱に浮きて苦しく歪めるまヽなり。

収容所も相当片付きやヽ手当もゆき

届きはじむ。

(枕頭に花を置けどもそをみて慰む余裕なし)

(アッツ島奪還の噂もっぱらなり)

 女らしい細々とした判断力(兄に対し、サイダー

を購買所より受けたるを秘むる事に対し、など)

頭の確かさを示せども病者らしい甘えや

我儘は恒常化す。夕方最後にさよなら

を云へるに又ゲンノショウコ(※13)をあっためて飲ませ

て、といふ。蠟灯にてあっためて口に入れてやる。

(父が呼びに来り辞去を急ぎし為ねんごろを欠

ぎしも此のことがわが最後の心づくしとなりぬ)

(此の日より三日め、十三日の早暁遂に

みまかりぬ、死体一日そのまヽにしてありしと。)

×

 二十二、三の工員らしき青年、全身的火傷

繃帯より眼のみ出して横たはれるが、熱に


(※13)ゲンノショウコ:フウロソウ、ネコグサとも呼ばれる。ドクダミ、センブリとともに日本の三大民間薬の一つで、止瀉作用があり、様々な下痢に用いられる。

浮かされての症状。

 君ヶ代(※14)を歌ふ。(と絶え/\に)

 「敵のB29、P38など何であるか、我に零戦あり

月光あり、はやてあり」(熱く息を吐いて)

 「我は今敵の為すに任せてひそかに大攻勢の

準備を整へあるのだ」

 「―敵はそれを知らず憎長してゐるのだ。

もう少し、もう少しの辛棒ですぞ。―

(閉じた眼をかっと開き)みんなもう少しの

辛棒だ!」(かすれた声で)

戦時歌麯の一つを唄ふ。

(気使ってのぞきこむ軽傷患者のN小母さん

「しっかりして/\、さもういヽから少し

眠んなさい。私はすぐそこにゐるからね。

中村の小母さんと呼んでくれヽばすぐ来てあげ

るから―」


(※14)君ヶ代:君が代。

(熱の為に赧黒い顔をゆるくぢり/\と

廻してその方を見)

「中村の小母さん―小母さんぢゃないお母さんだ。

―・・・中村のお母さん!

(かすれ声を強めて)お母さんなんですよ!

(熱にぎら/\と浮く双眼から泪が一筋二筋

つたふ―体は毛布に包まれ腕も動かぬ為

泪はそのまヽ繃帯の間に流れこむ―

(四、五人それを囲んで立つ看護の女廠員

附添の女らすヽり泣く。高窓より夕陽

コンクリートの床に落つ。)

×

八、十日、三木氏の兄を見舞ふ。

同じく被服本廠の構内、広場を

横切り倒壊家屋の間をぬけてゆくと

赤十字旗を入口に掲げた半洋風の一棟


あり全体少しく歪み灰色の壁甚しく脱

落す、窓は全部破壊。

 内部は木造、天井無くやヽ新しい広い

板敷にて奥に長く続き両側に負傷者

火傷者を横たはらしむ。

 最も奥近き一隅に医員に聞きて尋ね

当てたる三木工員は床に敷きたる毛布の

上に他患者にはさまりて仰向に寝る。

頭部より顔面全部白き繃帯に蔽はれ

両眼とおぼしきあたりに黄色き薬剤と

鮮血滲染み、僅かに包み残せる唇暗紫

色にして白き歯を見す。繃帯に切りあけ

たる鼻穴より幽かに息の出入するらしく

両腕は胸の上あたりに置かれて繃帯に

巻かれ片腕は副木さる。現れある手先

も夛くの傷口あり凝血と泥こびりつきて


指(嘗てビオラの絃を押えし指)の爪色も無し。

 胸より腹に毛布を掛けて立てたる膝には

Kさんの淡紫模様なる浴衣を掛けあり。

浴衣、風に吹かれあらはなる毛臑も足先も

彼の時のまヽに乾きたる泥をつけ力無く

細くながし。

 そのまヽの姿で昏睡せる如く

何時までみてゐても動かず、かた

わらの人間に問ふと、いつでもあのやうにして

ゐるが意識は明瞭なりと。

 患者の間に靴を踏み入れ枕頭に身を

寄せこちらの名を名乗り声を掛ける。

直ちに解した様子でやうやく聞き取れる

細い声で思ひ掛けぬ見舞を謝さる。

生命は大丈夫故元気を出されたしと慰め

Kさんも快方の旨言ひ添へる。氏、やヽ黙しがち、

暫くして、いや昨日迄(こヽに収容されてくるまで)


の二、三日はみじめな目に遭ひましたよ、と

か細い声でと絶えがちに当時の模様を話さ

る。

 それに依ると、亡妻より伝染せる赤痢の子供

を避病院に入院せしめそれに附添ってゐた氏

は瞬間に無数の硝子破片創を胸から

上にかけて受けたまヽ崩壊の下敷となったが

夢中で這ひ出て河岸の繋船に逃れ

た。

 然し船は動かず火焔は迫り来る為に他の

人々と共に河原に降りて逃れむとした。だが

氏は出血夛量の為そのまヽ河原の泥の

中に倒れて気を失った。

 夕方になって汐がさして来たのでふと意識

を取り戻した。然し旣に体は動かぬ為

そのまヽ倒れてゐると誰かヾ来てかつぎあげ


岸の収容所に連れて行った。

さうして其処で死体と共に三日間殆ど何の

手当も届かぬまヽに放置されてゐた。それを

捜索に手を盡していた被服廠のY属官

に発見されやっと本廠につれ帰られたもの

ヽやうである。

 「―馬鹿な事をしたもんだなァ・・・何とか防

げなかったものかなァ―」と沁み/\嘆いて

つけ加へる。子供は無論失し。

 Kさんより託されたサイダーに砂糖を入れて

すヽめる。ストローを哙へさせると一気に吸ひ

て非常によろこぶ。

「有難いなァー 済みませんなァー」と繰り

返しいふ。三分の一にてとって置く。

 繃帯交換に来る。腕より始る。血の為に

剥がれ難い所は上より湿して剥がす。


血の滲染める所の下には皆蓮根の如く

小さく深き穴あき繃帯に着いてぢゃり

/\と砂まじりに硝子の破片の出づるも

あり。苦痛に耐へぬ時は声に出さぬまヽ

立てたる片脚をふるはせてこらふ。

思はず小声に“あっ”と魂切ることあり。

看護婦もあまりの無惨さに折々は手も

進まず。

 胸もとに指の深々と入るほどの穴あり。

黄色の脂をつけてガーゼを押し込む。

総ての創穴につけるだけ薬剤なし。

 やヽ離れて立ちゐるに看護婦に何か余の

去りしか否かを問ふ模様、急ぎ枕頭に

跼めばこの痛いのが済んだら御誉美

に又おいしい飲物を頼みますよ、と

云ふ。


 顔面を蔽へる繃帯を次第に解く。

さすがに苦しい恐怖を覚ゆ。頬や秀でた前額

の大小の創を現して最後に眼部を

蔽へる血痕ガーゼを静かにめくる(皮膚の

切れ端などが裏面にこびりついてはがれる)

正に正視するに耐へず。かつて両眼の

ありし個所は肉と血と膿と泥とを

溜めてぐちゃ/\に裂けた大きな穴とな

りあり。看護婦直ちに新しきガーゼ

にて蔽ふ。氏かすかに脚を顫はせて呻く。

 繃帯交換が済みて待ちかねたる

サイダーを吸はしむ。残るを全部飲む。

枕頭の萄葡(※15)を窓にて洗ひ一粒宛唇

に入れ、吐く種を掌に受けてやる。

時々、

「涼しい風が吹きますなあー」


(※15)萄葡:「葡萄(ぶどう)」の間違いか?

「此処は明るい所ですか暗い所ですか?」

「―元気になったら一度山に湧く冷い

清水を腹一杯飲んでみたい気がする」

などヽ静かに吐息のやうに呟く。

 然し自働車の爆音などが近付くと

急に濃い苦痛の影が顔にさして

「あれは飛行機ぢゃないですか?」と

訊ねる。

 うその様に明るい南風、仮睡する夛く

の負傷者、隣りの重傷者をぢっとみて

ゐる軽傷者、やっと捜しあてた母親と

火傷女学生の邂逅、尿と薬と血の

にほひ。

 別れを告げて立上れば氏は来た時と同じ姿勢

で睡ってゐるのか覚めてゐるのか

黙然と微動だにせぬ。


×

原子爆彈に依る広島市の被害、

八、末日現在、(当日市人口廿五万、罹災廿万)

死者六万六千、負傷者五万八千、

行方不明一万人 健在者六千(三分)

×

 橋の石欄、片側は橋上へ片側は河中へ

倒る。河のみ凄く蒼く澄みて流る。

木船底を上にして橋脚に掛りゐ。

 瓦礫の堆積散乱の中に小さく残れる

墓地あり。墓標燻りて或ひは倒れ或ひは

ねぢる。

 路傍の半ばより折れたる電柱の折れ口

大きな火盞となりてなほ燃ゆるあり。

危ふく倒壊を免れたる倉庫の曲りたる

鉄扉より煙を吹き、石炭殻の山なほ燃ゆ。

(七日―十日目)(※16)


(※16)(七日―十日目):画像では切れているが、枠外に「(七日―十日目)」と記載あり。

橋上に脳醤と一束の頭髪こびりつき残る。

赤焦げたる電車、崩れたる石材などに

「家族無事○○へ避難」等落書あまた。

辨当かけにて杖をひき行方不明の家族を尋

ぬる老若のみ三々伍々通行す。くすぶれる

圖書館の壁に大きく「死体収容所」。

三番小路の田中邸の跡、焦げた樹木と壕

との陰との陰に其場で焼却せる遺骨そのまヽに

散乱せり。

 空昏く眩しく晴れ、茶臼連峰二葉山脈

など山脈全体にわたり茶褐に変色せり。

×