峠三吉『雪崩』


南の風のしめらひ深く

青き岸辺は夜のそよぎ

眠りもあへず鳥は羽ばたき

春の血汐は蘇りたれ

 

堅くむすべる雪嶺の胸も

つたふぬくみに溶けそめて

うましく過る汝が投影に

又堪へ難くおののきぬ

 

事と身を歪ぐ頂きの樹に

いまはの力つなぎつつ

雪崩るるわれは ああ雪崩るると

叫びし声も遅くして

 

雪崩れ果てたるわが胸ぬちに

汝が屍も埋もれぬ

崩れ果てたるわが胸ぬちに

汝が屍も埋もれぬ