峠三吉『原爆詩集』


希い——「原爆の図」によせて——

 

この異形のまえに自分を立たせ

この酷烈のまえに自分の歩みを曝させよう

 

夏を追って迫る声は闇よりも深く

絵より絵へみちた涙はかわくことなく重く

まざまざと私はこの書中に見る

逃れていった親しい人々 死んでいった愛する人たちの顔を

 

むらがる裸像の無数の悶えが

心にまといつくおののきのなかで

焔の向うによこたわったままじっと私を凝視するのは

たしかわたし自身の眼!

 

ああ 歪んだ脚をのべさせ

裸の腰を覆ってやり

にぎられた血指の一本々々を解きほぐそうとするこの心を

誰がはばみえよう

 

滅びゆく日本の上に新しい戦争への威嚇として

原爆の光りが放たれ

国民二十数万の命を瞬時に奪った事実に対し

底深くめざめゆく憤怒を誰が圧ええよう

 

この図のまえに自分の歩みを誓わせ

この歴史のまえに未来を悔あらしめぬよう