峠三吉『原爆詩集』

景観

ぼくらはいつも燃える景観をもつ

火環列島の砂洲の上の都市

ビルディングの窓は色のない焔を噴き

ゴーストップが火に飾られた流亡の民を堰止めては放出する

煙突は火の中に崩れ　火焔に隠れる駅の大時計

突端の防波堤の環に　火を積んで出入りする船　急に吐く音のない　焔の気笛

列車が一散に曳きずってゆくものも　カバーをかけた火の包茎

女はまたぐらに火の膿を溜め　異人が立止ってライターの火をふり撒くと

われがちにひろう黒服の乞食ども

ああ　あそこでモクひろいのつかんだ煙草はまだ火をつけている

この火は消えることがない

この火は熄むことがない

そしてぼくらも　もう焔でないと誰がいえよう

ああ　ぼくらはいつも焔の景観に棲む

夜の満都の灯　明滅するネオンの燠の上　トンネルのような闇空に

かたまってゆらめく焔の気配　犇めく異形の兄弟

ああ足だけの足　手だけの手　それぞれに焔がなめずる傷口をあけ

最後に脳が亀裂し　銀河は燃え

崩れる

焔のあおい薔薇　火粉

疾風の渦巻き

一せいに声をあげる闇

怨恨　悔　憤怒　呪詛　憎悪　哀願　号泣

すべての呻きが地を伝ってゆらめきあがる空

ぼくらのなかのぼくら　もう一人のぼく　焼け爛れたぼくの体臭

きみのめくれた皮膚　妻の禿頭　子の斑点　おお生きている原子族

人間ならぬ人間

ぼくらは太洋の涯　環礁での実験にもとび上る

造られる爆弾はひとつ宛　黒い落下傘でぼくらの坩堝に吊り下げられる

舌をもたぬ焔の踊り

肺をもたぬ舌のよじれ

歯が唇に突き刺り　唇が火の液体を噴き

声のない焔がつぎつぎと世界に拡がる

ロンドンの中に燃えさかるヒロシマ

ニューヨークの中に爆発するヒロシマ

モスクワの中に透きとおって灼熱するヒロシマ

世界に弥漫する声のない踊り　姿態の憤怒

ぼくらはもうぼくら自体　景観を焼きつくす焔

森林のように　火泥のように

地球を蔽いつくす焔だ　熱だ

そして更に練られる原子爆殺のたくらみを

圧殺する火塊だ　狂気だ