峠三吉『原爆詩集』


ある婦人へ

 

裂けた腹をそらざまに

虚空を踏む挽馬の幻影が

水飼い場の石畳をうろつく

輜重隊あとのバラック街

 

溝露路の奥にあなたはかくれ住み

あの夏以来一年ばかり

雨の日の傘にかくれる

病院通い

 

透明なB29の影が

いきなり顔に墜ちかかった

閃光の傷痕は

瞼から鼻へ塊りついて

あなたは

死ぬまで人にあわぬという

 

崩れる家にもぎとられた

片腕で編む

生活の毛糸は

どのような血のりを

その掌に曳くのか

 

風車がゆるやかに廻り

菜園に子供があそぶこの静かな町

いく度か引返し

今日こそあなたを尋ねゆく

この焼跡の道

 

爬虫の脚の隆起と

柔毛一本生えぬてらてらの皮膚が

うすあかい夕日の中で

わたしの唇に肉親の骨の味を呼びかえし

暑さ寒さに疼きやまぬその傷口から

臭わしい膿汁をしたたらせる

 

固いかさぶたのかげで

焼きつくされた娘心を凝らせるあなたに対い

わたしは語ろう

その底から滲染み出る狂おしい希いが

すべての人に灼きつけられる炎の力を

その千の似姿が

世界の闇を喰いつくす闘いを

 

あたらしくかぶさる爆音のもと

わたしは語ろう

わたしの怒り

あなたの呪いが

もっとも美しい表情となる時を!