峠三吉『原爆詩集』


 

視野を包囲し

視神経を疼かせ

粟粒するひろしまの灯

盛りあがった傷痕の

ケロイドのつるつるの皮膚にひきつって

濡れた軌条がぬたくり

臓物の臭う泥道に

焼け焦げた並木の樹幹からぶよぶよの芽が吹き

霖雨の底で

女の瞳は莨の火よりもあかく

太股に崩れる痣をかくさぬ

 

ひろしまよ

原爆が不毛の隆起を遺すおまえの夜

女は孕むことを忘れ

おれの精虫は尻尾を喪い

ひろしまの中の煌めく租借地

比治山公園の樹影にみごもる

原爆傷害調査委員会のアーチの灯が

離胎する高級車のテールライトに

ニューメキシコ砂漠の土民音楽がにじむ

夜霧よ

 

(彼方河岸の窓の額縁に

 のびあがって 花片を脱ぎ

 しべをむしり

 猫族のおんなは

 ここでも夜のなりわいに入る)

 

眼帯をかけた列車を憩わせる駅の屋上で

移り気な電光ニュースは

今宵も盲目文字を綴り

第二、第三、第百番目の原爆実験をしらせる

どこからかぽたぽたと血をしたたらせながら

酔つぱらいがよろめき降る

河岸の暗がり

揺れきしむボート

その中から

つと身を起すひょろ長い兵士

屑鉄漁りの足跡をかくし

夜潮は海からしのび寄せる

 

蛾のように黝く

羽ばたきだけで空をよぎるものもあって

夜より明け方へ

あけがたより夜の闇へ

遠く吊された灯

墜ちようとしてひっかかった灯

おびえつつ忘れようとしている灯

ぶちまけられた泡沫の灯

慄える灯 瀕死の灯

一刻ずつ一刻ずつ

血奬を曳き這いずり

いまもあの日から遠ざかりながら

何処ともなくいざり寄るひろしまの灯

歴史の闇に

しずかに低く

ひろしまの灯は溢れ