峠三吉『原爆詩集』


微笑

 

あのとき あなたは 微笑した

あの朝以来 敵も味方も 空襲も火も

かかわりを失い

あれほど欲した 砂糖も米も

もう用がなく

人々の ひしめく群の 戦争の囲みの中から

爆じけ出された あなた

 

終戦のしらせを

のこされた唯一の薬のように かけつけて囁いた

わたしにむかい

あなたは 確かに 微笑した

 

呻くこともやめた 蛆まみれの体の

睫毛もない 瞼のすきに

人間のわたしを 遠く置き

いとしむように湛えた

ほほえみの かげ

 

むせぶようにたちこめた膿のにおいのなかで

憎むこと 怒ることをも奪われはてた あなたの

にんげんにおくった 最後の微笑

 

その静かな微笑は

わたしの内部に切なく装填され

三年 五年 圧力を増し

再びおし返してきた戦争への力と

抵抗を失ってゆく人々にむかい

いま 爆発しそうだ

 

あなたのくれた

その微笑をまで憎悪しそうな 烈しさで

おお いま

爆発しそうだ!