峠三吉『原爆詩集』


 

映画館、待合、青空市場

焼けては建ち、たっては壊れ皮癬のように拡がる

あんちゃんのヒロシマの

てらてら頭に油が溶ける

ノンストッキングの復興に

あちこちで見つけ添えられ

いち早く横文字の看板をかけられた

「原爆遺跡」のこれも一つ

 

ペンキ塗りの柵に囲まれた

銀行の石段の片隅

あかぐろい石の肌理にしみついた

ひそやかな紋様

 

あの朝

何万度かの閃光で

みかげ石の厚板にサッと焼きつけられた

誰かの腰

 

うすあかくひび割れた段の上に

どろどろと臓腑ごと溶けて流れた血の痕の

焦げついた影

 

ああ、あの朝

えたいの知れぬ閃光と高熱と爆煙の中で

焔の光りと雲のかげの渦に揉まれ

剥げた皮膚を曳きずって這い廻り

妻でさえ子でさえ

ゆき合っても判らぬからだとなった

広島の人ならば

此の影も

記憶の傷に這いずって

消えぬものであろうに

 

憐れに善良で

てんと無関心な市民のゆききのかたわらで

陽にさらされ雨に打たれ砂埃にうもれて

年ごとにうすれゆくその影

 

入口の裾にその「遺跡」を置く銀行は

ざらざらと焼けた石屑ガラス屑を往来に吐き出し

大仕掛な復旧工事を完成して

巨大な全身を西日に輝かせ

すじ向いの広場では

人を集める山伏姿の香具師

 

「ガラスの蔽いでもしなければ消えてしまうが」と

当局はうそぶいて

きょうも

ぶらぶらやって来たあちらの水兵たちが

白靴を鳴らして立止り

てんでにシャッターを切ってゆくと

あとから近寄ってきたクツミガキの子が

(何ァんだ!)という顔で

柵の中をのぞいてゆく