峠三吉『原爆詩集』
ちいさい子
ちいさい子かわいい子
おまえはいったいどこにいるのか
ふと躓いた石のように
あの晴れた朝わかれたまま
みひらいた眼のまえに
母さんがいない
くっきりと空を映すおまえの瞳のうしろで
いきなり
あか黒い雲が立ちのぼり
天頂でまくれひろがる
あの音のない光りの異変
無限につづく幼い問のまえに
たれがあの日を語ってくれよう
ちいさい子かわいい子
おまえはいったいどこにいったか
近所に預けて作業に出かけた
おまえのこと
その執念だけにひかされ
焔の街をつっ走って来た両足うらの腐肉に
湧きはじめた蛆を
きみ悪がる気力もないまま
仮収容所のくら闇で
だまって死んでいったわかい母
母のお腹におまえを置いたまま
南の島で砲弾に八つ裂かれたわかい父が
別れの涙をぬりこめたやさしいからだが
火傷と膿と斑点にふくれあがり
おなじような多くの屍とかさなって悶え
非常袋のそれだけは汚れも焼けもせぬ
おまえのための新しい絵本を
枕もとにおいたまま
動かなくなった
あの夜のことを
たれがおまえに話してくれよう
ちいさい子かわいい子
おまえはいったいどうしているのか
裸の太陽の雲のむこうでふるえ
燃える埃の、つんぼになった一本道を
降り注ぐ火弾、ひかり飛ぶ硝子のきららに
追われ走るおもいのなかで
心の肌をひきつらせ
口ごもりながら
母さんがおまえを叫び
おまえだけ
おまえだけにつたえたかった
父さんのこと
母さんのこと
そしていま
おまえひとりにさせてゆく切なさを
たれがつたえて
つたえてくれよう
そうだわたしは
きっとおまえをさがしだし
その柔い耳に口をつけ
いってやるぞ
日本中の父さん母さんいとしい坊やを
ひとりびとりひきはなし
くらい力でしめあげ
やがて蠅のように
うち殺し
突きころし
狂い死なせたあの戦争が
どのようにして
海を焼き島を焼き
ひろしまの町を焼き
おまえの澄んだ瞳から、すがる手から
父さんを奪ったか
母さんを奪ったか
ほんとうのそのことをいってやる
いってやるぞ!