峠三吉『原爆詩集』
炎の季節
FLASH!
全市が
焚きこめられた
マグネシュームのなかで
影絵のように崩れる。
音ではない
それは
フワリと
投げ出された意識。
埋められる瞬間の
とおい
おのれ、
千万の硝子の飛散。
鉛より重い古びた梁木
どたりと壁土が
とどめをさし、
外は
奇妙な灰色の
ぶざまにへしゃげた屋根の
電線の綱の
人くさくて
人の絶えた
何里四方かの
死寂。
急に立ち上った焦茶の山脈の
すり鉢の底に
つぶれた広島から
なんという奔騰!
もりあがり逆巻きゆれかえしおし上り
雲・
雲・
雲・
赤・橙・紫・
はるか天頂で真紅の噴火。
搏ちあい、
爆発し、
渦巻きあがる煙の地殻の裂目から
気圏へ沸騰する
大気!
はじめて地をつたう
ひびき、呻き、轟炸音!
ウラニュームU二三五号は
予定されたヒロシマの
上空五〇〇米に
人工の太陽を出現させ、
午前八時十五分は
たしかに
市民を
中心街の路上に密集せしめ。
ひろしまは
もう見えない。
陰毛のような煙の底、
二重にも三重にもふくれたりしぼんだり
明滅する太陽のもと、
焔の舌が這い廻り、
にんげんの
めくられた皮膚をなめ
旋風にはためく
黒い驟雨が
同族をよぶ唇を塞ぐ、
列、
列、
不思議な虹をくぐって続く
幽霊の行列、
巣をこわされた蟻のように
市外へのがれる
道を埋め
両手をまえに垂れ
のろのろと
ひとしきり
ひとしきり
かつて人間だった
生きものの行列。
空も地も失われた
熱風と異臭の空間を、
七つに潜り流れる
ゆるい水の移動。
ごつごつと
ぶよぶよと
無限につづくものが
湾口の
島々につきあたる。
(ああ おれたちは
魚ではないから
黙って腹をかえすわけにはゆかぬ、
ビキニ環礁が噴きあげた
何万トンかの海水を映したのは
豚・
羊・
猿・
実験動物たちの
きょとんとした眼・眼・眼だ)
日が焼けつく、
雨が滲み入る、
ひろいひろい瓦礫の三里四方
白骨と煉瓦屑をならして
たしかに
三尺ばかり
高くなったヒロシマ。
死者 二四七、〇〇〇。
行方不明 一四、〇〇〇。
負傷 三八、〇〇〇。
原爆遺跡ちんれつ所にころがる
灼けた石、
溶けた瓦、
へしゃげたガラスビン
そして埃をかぶった
観光ホテルの都市計画パンフ。
しかし
一九五一年
きょうも燃えあがる雲。
それをかすめ
ふわりと浮遊する
たしかにあれは 白点二つ、
あ・あれだ!
地球の裏から無線でひもをつけた
原爆効果測定器の落下傘。
おれたち
ヒロシマ族の網膜から
消えることのない
あのあさの
らっかさんが
ふうわりと
雲のかげで
あそんでいる。