峠三吉『原爆詩集』


 

みしらぬ貌がこっちを視ている。

いつの世の

いつの時かわからぬ暗い倉庫のなか

歪んだ格子窓から、夜でもない昼でもないひかりが落ち

るいるいと重ったかつて顔だった貌。あたまの前側だった貌。

にんげんの頂部にあって生活のよろこびやかなしみを

ゆらめく水のように映していたかを。

ああ、今は眼だけで炎えるじゅくじゅくと腐った肉塊

もげ落ちたにんげんの印形

コンクリートの床にガックリ転がったまま

なにかの力で圧しつけられて こゆるぎもしないその

蒼ぶくれてぶよつく重いまるみの物体は

きれつした肉のあいだから、しろい光りだけを移動させ、

おれのゆく一歩一歩をみつめている。

俺の背中を、肩を、腕を、べったりとひっついて離れぬ眼。

なぜそんなに視るのだ

あとからあとから追っかけまわりからかこんで、ほそくしろい視線を射かける

眼、め、メ、

あんなにとおい正面から、あの暗い陰から、この足もとからも

あ、あ、あ、

ともかく額が皮膚をつけ、鼻がまっすぐ隆起し

服を着て立った俺という人間があるいてゆくのを

じいっと、さしつらぬいてはなれぬ眼。

熱気のつたわる床から

息づまる壁から、がらんどうの天井を支える頑丈な柱の角から

現れ、あらわれ、消えることのない眼。

ああ、けさはまだ俺の妹だった人間のひとりをさがして

この闇に踏みこんだおれの背中から胸へ、腋から肩へ、

べたべた貼りついて永劫きえぬ

眼!

コンクリートの上の、莚の藁の、どこからか尿のしみ出す編目に埋めた

崩れそうな頬の

塗薬と、分泌物と、血と、焼け灰のぬらつく死に貌のかげで

や、や、や、

うごいた眼が、ほろりと透明な液をこぼし、

めくれた唇で

血泡の歯が

おれの名を、噛むように呼んでいる。