峠三吉『原爆詩集』


 

泣き叫ぶ耳の奥の声

音もなく膨れあがり

とびかかってきた

烈しい異状さの空間

たち籠めた塵煙の

きなくさいはためきの間を

走り狂う影

〈あ、

にげら

れる〉

はね起きる腰から

崩れ散る煉瓦屑の

からだが

燃えている

背中から突き倒した

熱風が

袖で、肩で火になって

煙のなかにつかむ

水槽のコンクリート角

水の中に

もう頭

水をかける衣服が

焦げちって

ない

電線、材木、釘、硝子片

波打つ瓦の壁

爪が燃え

踵がとれ

せなかに貼りついた鉛の溶鈑

〈う・う・う・う――〉

すでに火

黝く

電柱も壁土も

われた頭に噴きこむ

火と煙

の渦

〈ヒコちゃん ヒコちゃん〉

抑える乳が

あ 血綿の穴

倒れたまま

――おまえおまえおまえはどこ

腹這い いざる煙の中

どこから現れたのか

手と手をつなぎ

盆踊りのぐるぐる廻りをつづける

裸のむすめたち

つまずき倒れる環の

瓦の下から

またも肩

髪のない老婆の

熱気にあぶり出され

のたうつ癇高いさけび

もうゆれる焔の道

タイコの腹をふくらせ

唇までめくれた

あかい肉塊たち

足首をつかむ

ずるりと剥けた手

ころがった眼で叫ぶ

白く煮えた首

手で踏んだ毛髪、脳漿

むしこめる煙、ぶっつかる火の風

はじける火の粉の闇で

金いろの子供の瞳

燃えるからだ

灼けるのど

どっと崩折れて

めりこんで

おお もう

進めぬ

くらいひとりの底

こめかみの轟音が急に遠のき

ああ

どうしたこと

どうしてわたしは

道ばたのこんなところで

おまえからもはなれ

し、死な

ねば

らぬ