三次市三良坂町の三良坂平和公園内にある「原爆・戦争犠牲者追悼非核・平和を願う記念碑」(通称「母と子─わたす像」)。栗原貞子は、この碑をテーマにした散文詩『わたすの母子像』を書いた。
被爆60年を迎えた2005年8月6日、住民団体「三良坂平和を願う会」主催の「原爆と戦争の犠牲者を追悼する集い・栗原貞子の詩『わたすの母子像』を英訳したものを載せたプレートの除幕式」が行われ、翻訳家で津田塾大学准教授(現在は教授)の早川敦子による英訳のプレートが設置された。
三次市は、1986年6月、三良坂町非核平和自治体宣言としての「恒久平和への誓い」を発表したが、2004年の平成の大合併により失効。2005年、非核自治体宣言の精神を新市に引き継ぐため、市議会において三次市非核自治体宣言を可決し、同年9月にはモニュメントも設置した。
インド左岸の白い裸像の母は
白い裸像の子どもに
何をわたそうとしているのだろう
夕暮れの平和公園の広場には
白い灯ろうがいく百もおかれ
五濁の世を清らかに照らしている
像の前に集まった人々は
母が子どもにわたそうとする願いを
胸に燃やして手を取りあっている
ここ平和公園の白い灯ろうの灯は
いまも絶えない世界の戦火を
しずめようとする祈りの灯
裸像の母が子どもにわたそうとするもの
わたすの像よ
世界中の母と子にわたしてください
私たちの願いを
(『証言 第8集 ヒロシマ・ナガサキの声』 1994年8月)